
「奇跡は、教室で起こる」
「なぜ勉強しなくてはならないのか」。みなさん一度は考えたことがある問題ではありませんか?しかしよく考えてみると、「しなくてはならない」という言葉の裏には、強制や義務的な意味を感じているように思います。自発性が伴わない強制や義務感だけでは、中学校での勉強はもちろん、人生における全ての勉強というものに対してやる気を削がれてしまうことでしょう。
ではみなさん、いわゆる成績上位者の人たちは、そういった強制や義務感に耐えて、我慢に我慢を重ねて、強い精神力をもって日々勉強をしていると思いますか?いいえ、違います。誤解を恐れずに言うと、彼らは勉強を「頑張って」などいません。将来楽をするために今の苦痛に耐える、なんていうことはしていません。考えてみてください。例えば今目の前にある2次関数の問題が、将来フライトアテンダントになりたい、という夢と直結していると考えられますか?大人の私たちでも難しいでしょう。少なくとも子供たちにとっては、2次関数は2次関数でしかありません。
ではどうしているか。一言で言うと、彼らは「わからないと気がすまない」のです。今まで積み重ねてきたものがその場で崩れてしまうことは彼らのプライドが許さないのです。だから彼らは宿題をチェックする、しないに関わらず宿題をしてきますし、自習室に監督の先生が入り目を光らせなくても、それぞれが自らすさまじい集中力を発揮し、勉強する雰囲気を作り出します。我々講師が近づくのがためらわれるほどです。
勉強はよくスポーツに例えられますが、勉強は頭のスポーツだと、現場に立っていても感じます。野球、サッカー、バスケと種目があるように、英語、数学、国語と科目があります。そして重要なのは、スポーツが好きな子はたいていどんなスポーツでもできるように、勉強が好きな子もやはりたいていどの科目でも得意であるということ。それは体を動かすことが好き=スポーツが得意、頭を動かすことが好き=勉強が好き、となるのと同じです。野球が好きな子は、試合の重要な場面で三振に終わってしますと、深く悔み、反省し、失敗を次に活かそうとするでしょう。勉強も同じです。要は、勉強も好きになってしまえばいいのです。言ってしまえば簡単な話ですね。
しかしスポーツを好きになるのと全く同じように勉強も好きなれるかというと、なかなかそうはいかないのが勉強の難しいところです。時代の変化とともに変わってきつつあるとはいっても、やはり「成績=将来の生活の安定」という考え方が根強く、周りの大人が成績に関して過剰に反応してしまい、子供たちの自発的成長の芽を摘んでしまうことも少なくありません。
そんな子供たちを取り巻く複雑な環境を把握し、少しでも勉強に対するモチベーションを上げる。これが我々講師の最大の役目だと言っていいでしょう。全ての生徒に「そういうことだったのか!」「続きが気になる!」「わからないと気がすまない!」を感じさせる。理想かもしれません、全ての生徒に与えられれば奇跡かもしれません。しかし、それらを伝えられたとき、勉強は「しなければならない」から「わからないと気がすまない」に変わる。そして「わからないと気がすまない」と感じたとき、「頭を動かすことが好き=勉強が好き」に変わる・・・。これこそ学びの本質であり、講師をしている者すべてがそれらを伝えたいと強く願い授業を行っている。もしあなたが勉強に行き詰っていたら、自分を見失って困っていたら、山本塾の扉を開けてみてください。今日もどこかの教室で、もしかすると、誰も気がつかなかったかもしれない、そんな「小さな奇跡」が生まれていることでしょう。
そう、「奇跡は、教室で起こる」のです。
御影教室
亀山 裕行